人にはそれぞれの『節目』『記念日』があり、それぞれ人生のストーリーがある

こんにちは!!ここ数日間、自分の人生を見つめ直していたシュウべです。

昨日(5月15日)はJリーグ開幕25周年の『記念日』でしたね。1993年5月15日、Jリーグ開幕戦(ヴェルディ川崎VS横浜マリノス)の試合は、テレビにかじりついて観ていました。三浦知良選手・ラモス選手・井原選手‥多くの選手のプレーに胸が躍りました。この試合がキッカケとなりサッカーに大変興味をもつようになったことは、今でも鮮明に覚えています。あれから‥25年。本当に時間が経つのは早いものですね。

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人生には人それぞれの『節目』『記念日』がある

人生には色々な『節目』『記念日』があり、人それぞれの人生のストーリーがあります。「結婚」であったり、子供が産まれたり‥。親と死別したり‥。進学や転勤で環境が変わるといった出来後も節目であるかもしれません。

僕の大きな節目といいますと…ちょうど10年前(2008年)の5月、転勤先の職場で【抑鬱】となり、会社を休職することになりました。。結論から先に述べますと休職中に傷病手当金の受給開始となり、その後「退職」という流れになりました。「退職の流れ」になったというよりかは‥事業部長から電話が来て、『会社を退職して、実家でゆっくり休んだほうが早く治るのではないか‥?』というニュアンスの話をされて、話の流れにまかせたまま退職したという感じですね。「抑鬱」状態だったこともあり、自分自身で物事を冷静に考えられる状況ではありませんでした‥。苦笑 この退職については悔いはありません。

10年前‥僕は「地獄」にいた‥

当時は本当に朝起きるだけでも「地獄」だったので、思い出すだけでも寒気がします。当時は半導体業界の設計職の仕事をしていました。求められている技術レベルが高く、毎日必死でした。残業も多く休日出勤も続いたり‥完全に精神がやられていましたね。苦笑

もう病院に駆け込むしかなかったのですが、予約が取れなくて数週間後にやっとのことで受診できたという感じでした。その後、病院で【抑鬱】という診断結果が出たことを上司に話し、その次の日だったと思いますが「休職」となることが決まりました。

安心感と悔しさで涙が出たのを覚えています。この涙は一生忘れる事のないものです。

その日は会社を退社後、すぐ近くの公園のベンチに座り、溢れ出る涙を止められませんでした。自然と目から溢れ出てきましたね‥。これは休職が決まった安心感というより、悔しさからくる涙でした。【もっと自分ならやれたはずなのに…】という、なぜか強い敗北感のような気持ちに襲われました。

あれから10年後の今‥

あれから10年。この日のことは忘れたことがありません。必ず、この時期(5月中旬)になると思い出しフラッシュバックします。

その後も、この【抑鬱】っていう病気は厄介でした。なにが厄介かと言いますと、下手したら「一生付き合わないといけない病気」だからです。この病気を経験してから、仕事で無理をするのが怖くなりました。(毎日の長時間残業など、仕事の負荷が怖くなりました。)

当時は「抑鬱が良くなってきたかな」と思えた段階で、新しい職場に就職したのですが‥転職先でも仕事の負荷が大きくて、精神的な部分でやられることが多々ありました。

入社して2年目くらいから、会社を月1回くらいのペースで休むようになりました。朝、電話で【申し訳ありません‥今日は体調不良で休ませてください】と、お決まりのフレーズで連絡ていましたね。苦笑 この頃から「もう自分は社会人としてやっていけないんじゃないか‥」と…自信を失っていました。結局、この会社は2年ほど勤務して退職しました。

  今も「抑鬱」の亡霊に苦しむ時がある

その後も転職を繰り返してしまい…現在は無職となり、日によっては精神的な不安定さがあります。この【抑鬱】を経験してしまったことが、人生の大きな分岐点であり、ある意味「節目」だったのかなぁって思います。

改善するために、認知行動療法を学んだり、色々な心理学の本を読んだり、、当時よりは確実に抑鬱の対処方法は身につけています。ただ、やはり1度どこかで気持ちが落ちてしまうと、メンタル的に苦しくなる場合もあります。

ですので…僕はもう【抑鬱】の後遺症を一生抱えつつ、うまく付き合いながら生きていくしかないのです。人間、人格・性格を短期間で変えるのは難しいものです。ただ、人格そのものを変えることが難しくとも、改善する努力は続けていきたいと思っています。

最後に:これからも前を向く

僕自身「抑鬱」を経験してから10年という「節目」を迎えました。

この経験が後ろ向きの経験ではなく「何かしらの意味があった」という事を理解して、人生の糧にして生きていきたいと考えています。人生、自分に起こること全てに意味があるものだと思っています。

自分自身の体を実験台とし、長くつきまとう「抑鬱」という「亡霊」を断ち切れるように‥まっすぐ向き合いながら、これからも生きていこうと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。